アダムとエバはエデンの園に住み、その園の管理者としての使命を、神から与えられました。
私たちには、神によって生かされていますが、生きる目的、使命があるのです。この使命が何であるかを見つけて生きるなら、素晴らしい人生を送ることが出来ます。
人は神との交わり会話する立場でした。神はアダムが食べ物として。色々の木の実を生えさせてあたえられました。 最初から肉食がなかったようです。菜食ですね。 人間はそのほうが健康な生活がおくれるようです。
そのエデンには神様との契約、自由がありました。 その自由と服従の象徴として命の木の実と知恵の木の実を作られました。
神に同じように造られた大天使ルシファーがいました。彼は蛇に姿を変えて忍び込みエバを誘惑しました。 彼らに与えられていた特権、この世を支配する権利を妬んだと思われます。この大天使ルシファーがのちになってサタン、悪魔と呼ばれるようになりました。
サタンの誘惑方法を知りましょう。
蛇は女に言った。『あなた方は、園のどんな木からも食べてはならないと、神は、本当に言われたのですか。』 女(エバ)は蛇に言った。『私たちは園にある木の実を食べても良いのです。しかし、園の中央にある木の実について、神は『あなた方は食べてはならない。それに触れてもいけない。それを食べてはならない。あなた方は死ぬといけないからだ。』と仰せにになりました。
そこで蛇は女に言った。『あなた方は決して死ぬことはありません。あなたがたがそれを食べるとき、あなたがたは目が開け、あなた方は神のようになり、善悪を知るようになるのです。』 そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのには良く、目に麗しく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実をとって食べ。いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。
創世記 3:1~6
誘惑に陥るときには、今まで知らなかった在る情報がもたらせられます。全体的には肯定しつつも一部に対して疑いを持たせられます。 木の実は普段手にして食べているものでした。
園の中央、それは心の中心であったことも意味します。気になっていたのです。しかし、その実は自由意思の証でした。神の性質には自由があったのです。神の性質を人間は引き継いでいたのです。 サタンはその点に疑いをかけました。 「神のようになるよ」と関心を増させて疑いを与えたのです。 疑いがましたことを確認したサタンは、次のように言いました。神の言葉を変えさせたのです。「死にませんよ。」と言い切りました。 原語上は小さな変化です。
同じ死ぬと言う単語に小さな否定単語を付け加えるだけです。
今まで関心を持ってみたことがない木も実が麗しくみえてきたのです。 そのみを食べるときには彼女一人ではなく夫にも与えて食べさせて、 同じ罪を背負わせたのです。
アダムもその木も実が何であるか、当然知っていましたが、妻が食べた死ななかったので、自分も食べてしまいました。
神に従わないこと、、神が望まないことをする事が、罪と言われるのです。アダムとエバが、神が望んでいなかったこと。創造の父なる神の目から見て、的外れなことしてしまいました。それらが原罪として、人間に性質として、加えられてしまいました。 神に似て造られたはずでしたが、最初にはなかった罪の性質が加えられてしまいました。
これくらいなら良いだろ・・この程度なら問題がないだろう・・ から深みにはまり、罪を犯してしまいました。
3つの呪いと救いの契約 その風の吹く頃。彼らは園を歩き回られる神である主の声を聞いた。それで人と彼の妻は、主である神の御顔を避けて、園の木の間に身を隠した。 創世記3:8
蛇の姿に変えたサタンの、甘い誘惑に負けたアダムとエバは、神のほうから、彼ら二人を捜しておられることに気がつきました。でも自由という契約の証であった、(食べてはいけないと守るか、守らないか!彼らに与えた神の本質である自由。その彼らに分与した自由意思を尊重なさったのは、神である主でした。)木の実を食べてしまった、彼らは、まともに、神の姿を見られなくなりました。
神の姿を見たDNAは今も受け継いではいます。 人間だけが祈りをするのです。また霊的な力を恐れるのです。
それでも彼らを捜したのは、神様ご自身でした。 彼らの言い訳は、アダムと妻であるエバとが互いになすり合う言葉使って責任を逃れようとしました。また、裸であることに気がついた、彼らの姿を見て、悲しまれました。 神は私たちを愛していそしまれるお方です。
一旦、神が定めた事を覆すことが出来ないからです。 神は義の神です。正しいこと契約は守られる方です。
三人に宣告なさいました。
サタンには怒りを発せられ、あらゆる生き物の中で嫌われ、一生腹ばいで歩き、チリを食べるようになると言われました。蛇とエバとの間に敵意がおかれて、女の子孫が、エビの頭を砕くと言われました。
エバには、産みの苦しみを与えられました。夫に仕えるようになるとも言われました。彼女から生まれる者が、エビの頭を砕くと言われました。 そうです。彼女の子孫の42代目が、イエス・キリストとなりました。
アダムには一緒苦しんで地を耕して、苦しみ労働することと、死んでチリに帰ることとを告げられました。 永遠に生きる神の姿から、死が与えられました。エデンの園には住めなくなりました。神が歩かれる清い場所には、居られなくなったからです。
彼らが 園を追い出されるときに、初めて一匹の獣が犠牲になって、血を流しました。
神である主はアダムとその妻のために革の衣を作り、彼らに着せて下さった。創世記3:21
獣の血。つまりその死が、彼らが死ぬと言われていた事の代わりになりました。 正義ある神が一旦、神ご自身で決められたことを、神は自ら変更することが出来ませんでした。
しかしながら、取り消す代わりに新しい契約で、消して合わせられたのです。
一旦、壁に書いた文字を消せません。でも新しいペンキを塗れば、先に書いた字を消さなくても、痕跡は残りますが、見えなくなります。新しい契約は、消しゴムみたいですね。
血を流した獣がどのような獣であったかは、この箇所には書いてはありません。けれど汚れのない羊が神様への犠牲として、後の世になってから、定めらっる事から、羊ではなかったかと思われます。またキリストを神の子羊とも呼ばれるようにも成りました。
まさに、蛇に語ったように、サタンのかかとに噛み付くと言われたように、十字架の死を思わせます。また頭を砕くと言われたように、キリストの死は、私たち人間に、サタンからもたらせられた呪いを、永遠の
死からの開放の予票でした。
その後神はエデンに置かれた命の木と、線悪の知識の木を ケルビム=神の臨在を示す象徴と共に、エデンの園を封印なさいました。
しかし、神が、私たちを永遠に愛しておられることには変わりなく、天国とも言われるエデンの園に帰ることも望んでおられます。 そのチャンスが与えられています。
それらは、私たちが天に帰る決心決意から始めるのです。
神への捧げ物 神への捧げ物を決める。創世記4章から
エデンその園を追放された後に、アダムとエバには2人の子供が生まれました。兄カインと弟アベルです。アダムは人という意味、エバは命=という意味で、カインは私は産み得ると意味があり、息=吐く息の蒸気の意味が、それぞれにありました。
アダムはエデンの土で、神の形に似せて作られました。エバはアダムの骨を元に造られました。その子供たちは、両親の二人の身体を元にして、エバの胎の中で造られました。神の秩序によって、これらの創造は進みました。
大人になって、二人の子供は捧げ物を、神の前に持ってきました。エデンではアダムたちは直接、神に合う事が出来ました。子供たちも未だ、神に出う事が出来ました。兄のカインは、土を耕す者をなりました。アダムに与えられた呪いも引き継ぎ、額に汗して土を耕していたのでしょう。弟アベルは羊を飼う者となっていました。
農作物を捧げた兄カインの捧げ物よりも、神は、弟の捧げた羊を目に留められて、神は喜ばれたのです。何故なのかを考えましょう。
捧げ物は、その人の人生や人格を捧げる物だと思います。アベルは沢山いたと思われる羊の中から、汚れや汚れ等がない羊を、自ら選んで、捧げました。 彼らの捧げものをする、心の中や態度を見抜かれたと思います。
わたしたちは形式や余り物を捧げてはいけないと思います。一番尊ばれるのは、その心です。態度です。
私が神学生の頃。学生寮には入りきらない、ベッド持っていましたので、あるキリストの姉妹(キリストの流された血によってつながる姉妹)に預けました。私が伝道旅行に出かけなくてはいけない時期に、その姉妹がベットを買い取ると申し出て下さいました。
マットレスには、私がこぼしたコーヒーのシミがついていました。リサイクルセンターで買えば、非常に安く成る物です。その姉妹は汚れたベッドを10万円で買い取ってくださいました。その金額で、伝道旅行に行けるようになり、12名が救われました。
その品の価値よりも、姉妹の心が、ベッドの浸み汚れよりも、神に向かって捧げられたと思います。
兄カインの捧げた農作物が、どのような状態であったか?詳細は、聖書は書いてはいません。
私達は、しおれた野菜は嬉しくないです。泥が沢山ついた農作物も嬉しくはないです。弟アベルの羊は貴重な初子であり、最良の羊であったと、聖書はわざわざ記録を残しています。彼は羊に彼自身の真心を乗せて捧げたと思います。
捧げ物の中には、人生、生き方を捧げることがあります。単に宗教的になって献身をするのか?神様からその生き方を望まれて笹替えう人生、献身なのかを吟味しなくては祝福、幸せに離れません。 単なる積極思考とは違います。 時には試練があり、辛い人生の一時、時期を過ごすこともあります。 信仰が試されます。 信仰が試され、訓練させられる時期もあります。兄は試されたのかも知れません。
カインは、神に顧みられなかったことで、怒りを発します。主は『何故?あなたは憤っているのか?何故、顔を隠ししているのか?』と質問し、『その怒りを自分で収めるべきだ!』と彼を諭しておられます。創世記4:6~7
神は試練を、テストを与えられますね。同じ問題が来ます。上手く乗り切り回答するまで、あなたの人生に同じようなテストが来ます。
神への不満が怒りに変わったカインです。結果。逆恨みと言いましょう。弟を殺してしまいます。人類最初の殺人は肉親殺しでした。悲しいですね。
キリストは十字架に架かって、死を迎えるときに、罪のないキリストを十字架に付けた人々を『天の父よ!彼らを許してください。何をしているのかが解らないのです。』と言われました。永遠の裁きをなさる神に対しても、弁護して許しを与えられたキリストです。
カインは弟の流した血の責任。呪いを受ける結果となりました。定着出来ずさうらう人生を過ごす結果となりました。それでも、神はカインを哀れみ、直ぐに殺すことはなかったのです。
神の哀れみが耐えられて、彼の身体の一部に何か見えるような印を付けました。神の意志で、彼は亡くなるまでの時の前に、誰かが彼カインを殺さないようにするためでした。 人は自分で、自分で命を絶つ権利は、本来持たないのです。自殺する方もいます。けれど、生きていれば必ず幸せが来ます。
心豊かな幸せ、永遠を持つ幸せが必ず来ます。神が人生をコント・ロールなさるからです。過ちや失敗も、神によって益となるように、仕向けられます。 もちろん選択し結果を出すことは、私たち人間の責任です。カインはエデンの東のノデの地(さすらいの意味がある。)に住み着きました。
アダムは子供を生んで、子供達が地上に広がり始めました。 このことも神の計画と祝福の中に在ることです。
これらの祝福につながることも、あなたの幸せになることなのです。
神の祝福を手にしましょう
家系の祝福
カインは、その妬みから弟アベルを殺してしまいました。
神は彼が自殺したり、殺したりを許されませんでした。
カインは結婚して、子供が生まれてきます。 詳細は書かれてはいませんが、神が彼に妻を与えられました。そして子供達、孫達が生まれてきます。彼らは自由に、家畜を飼い、また楽器を巧みに奏でる者となりました。 創世記4章 カインの気質を受け継いでいたようで、荒々しい気質でした。
神はアダムとエバとの間に、新しいこともを与えられました。セツと言う名前です。その子供がエノシュ その意味は神を求める。 その時代から、創世記の人々は神を求めて礼拝を始めました。その後も、子供、子孫が生まれます。
カインの子孫は聖書の歴史からは記録が消えてゆきます。彼から引き継いだ罪の性質が、神から遠ざけられました。
セツの子孫から生まれたエノクは神と共に歩み、愛されました。
何故か?神様のお気に入りとなったようです。神は彼を特別な取り扱いをなさいました。 私たちも、神からは特別な取り扱いを受けるチャンスはあります。
神に対して誠実に、忠実に仕えたいですね。 それが私たちに特別な意味で霊的な祝福、実際生活での豊かさをもたらします。
2014年3月5日水曜日
@ NO1 創世記の覚え書き。
今まで各1章ずつ書いて、バベルの塔の記録まで来ました。
もう一度。繰り返してポイントを繰り返してみました。
生きる目的、生き甲斐を持とう。
初めに神は天と地を創造した。 聖書 創世記1章1節
神はこのように、人をご自分の形に創造された。神の形に男と女を彼らを創造された。
神はまた、彼らを祝福し、このように仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。・・全ての生き物を支配せよ。』 創世記1:27~28
神は7日間で天地を創られて、人を神の形に似せて作られました。
またエデンの園を設けて、人に住まいを与え、食べ物も豊かに与えられました。
人は創造の神の守りの中で、安息に生活が出来ます。また神様と交わり会話楽しむ存在でした。 人には必ず、安息できる場所があります。 また神から託された生き方と同時に目的があります。 現代になっても、その事には代わりはありません。 エデンの園は、現代からは見せなくなりました。しかし、神は同じように、私たちに対して願っておられます。
人々は必ず、安息する場所が必要ですし、人生を豊かに生きる目的が必要です。必ずしも経済的に恵まれることばかりが、豊かな人生というのではありません。生き生きとした人生を生きるためには、神との交流は必要です。また人生の目的、使命を持つことが大切です。高齢になっても、同じです。 比較的に、日本人は高齢になると、自分が死を迎える事だけを考え始めますが、本来は高齢であっても、『私は神によって生かされている。』という考え方を持つなら、死を待つだけの人生ではなく、生き生きとした生活と幸せを掴むことが出来ます。
若い方なら、自分自身の好きな仕事や家庭のために、また隣人のために、生きる目的も見いだしやすいです。生き甲斐を見いだすことは、日々の積み重ねです。近代の日本の労働条件は乱れてきています。しかしながら、ハッキリとした目的を持って取り組むなら、困難は乗り切れます。時にはその困難に打ち死枯れそうにも成りますが、あなたが真剣に立ち向かい取り組みなら、それらを見ている隣人が助けを・・知恵を授けてくれます。その背後には、神はあなたを支え守っておられます。
神は自由を私たちに与えてくださいました。その自由な中から、神が喜ぶ、また隣人が喜ぶ、自分も満足、平安を得られる人生の目的を持ちましょう。
神は私たちがこの世において、エデンの園のように過ごすこと、神との交流を望んでおられます。 そのことを望む人々には、今まで知らなかった道、人生の目的を発見できます。あなた様の幸せのステップが益々豊かに成りますように。
***********
神の形に似せて創られた。
神はこのように、人をご自身の形に創造された。創世記1;27
私たち人間は、神に愛される存在として創造されました。 何の意味もなく存在を許されているのではありません。 生きてるだけでも、神の目から尊くて存在価値があるのです。
病気から植物人間と言われる方もおられるでしょうけれど、確かに看病することは大変ですし、安楽死を望む方もおられるでしょう。 安楽死で楽になるのは残された家族ですが、亡くなった後の悲しみはもっと苦しいです。
今から30年前の事です。私の妻が癌になって死の宣告を受けた時期があります。それも生きているからこそ、望みがありました。!! 生きている事に価値がありました。私に取っては生きている限り愛する事の目的でした。
神はアダムとエバをエデンの園を守るように命じられました。エデンの園には一つの川が湧き出て通ってエデンの園を潤していました。 その川は4つに別れ出ていました。
一つの川の名前はピション=成長という意味。 ハラビ=希望という台地を潤していました。
第二の川はギフォン=溢れ打ち破ると言う意味。クシュ=祝福という台地を潤して流れていました。
第3の川はヒデクル=代々という意味。 アシュルの東を流れていました。
第四の川はユーフラテス-増し加えられると言う意味
エデンは喜びと言う意味です。 神は私たちに素晴らしい生きてゆくための環境を与えられるのです。 今、あなたには不満があるかも知れません、しかし、神を求めて、あなたの与えられているエデンを守り耕すなら幸せは必ず来ます。だたし、神との契約を守らないといけません。 食べてはいけない実のみがあったように。それは自由と服従いう名の契約の中です。
神は、肥沃な川の流れの塵<チリ>から人を創られた。
『神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻に息を吹き込まれた。そこで、人は生き物になった。』聖書 創世記2:7
このようにして最初の人アダムは神様の手によって、神様の形に似せて造られました。
日本、ギリシャの神話などでは、神と人の血縁関係を伝える場合が多いです。聖書の人間観は、神によって造られ、血縁関係はないのです。しかし、神の息(霊)を吹き込まれたことによって、神に等しい霊的なの存在となりました。 それは人間以外にはなく、他のの動物とは一線を別け隔てています。ここに人間の尊厳性と微弱性が在ります。
神によって造られた多数の動物とは違い、神の霊を吹き込まれた者として、寵愛を受ける存在なのです。
一人でいたアダムに助けてとして、彼を深い眠りに落とし入れた神は、彼のあばら骨から女、エバ<血肉という意味>を造られました。
前記の豊かな川の中に有ったチリ、鉱物ミネラル成分が、私たちの身体の元になっています。アダム以外の人間は、その母の胎の中で、まるで土を練る上げるようにして形が造られて生まれます。 『男はその父母を離れ、妻と結び会い、二人は一体となり・・』創世記2:24 神は結婚することを、子供を作る事を願われ祝福されました。
人間はその存在そのものが、神から見て尊い存在なのです。
神は一人のように思われがちですが、聖書では3つの人格をひつとの神としています。
創世記1:26には 我々に似るように人を造ろうと語ったと書かれています。 聖書の神の概念です。
創造の父なる神、子供成る人格の神、キリスト。そして聖霊成る人格の神、それは私たちの助けてとしての神様、聖書では追求してはいませんが、私個人的には、どうしても母のような存在助け手をどうしても創造してしまいます。聖書で神の呼び名は、原語古代へブル語ではいくつかの呼び名があります。絶対口に出来ない神聖な呼び名でした。 そのために、なじみやすい別名で表現をしたこともあり、一人称や三人称で聖書に記されました。
聖書はモーゼがシナイの山で、神エホバに遭遇したときに、この創世記を記しました。聖霊の助けによってのちに、聖書は66巻に纏められました。 世代や時代を超えても目的は一つで、、私たちの救いとキリストの栄光です。 聖書に記されて、消えていた歴史、遺跡なども、あり得ないと思われても、考古学発掘が進んでいくと、実際に発見されたという事実が、聖書の正しさを知る事が出来ます。
もう一度。繰り返してポイントを繰り返してみました。
生きる目的、生き甲斐を持とう。
初めに神は天と地を創造した。 聖書 創世記1章1節
神はこのように、人をご自分の形に創造された。神の形に男と女を彼らを創造された。
神はまた、彼らを祝福し、このように仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。・・全ての生き物を支配せよ。』 創世記1:27~28
神は7日間で天地を創られて、人を神の形に似せて作られました。
またエデンの園を設けて、人に住まいを与え、食べ物も豊かに与えられました。
人は創造の神の守りの中で、安息に生活が出来ます。また神様と交わり会話楽しむ存在でした。 人には必ず、安息できる場所があります。 また神から託された生き方と同時に目的があります。 現代になっても、その事には代わりはありません。 エデンの園は、現代からは見せなくなりました。しかし、神は同じように、私たちに対して願っておられます。
人々は必ず、安息する場所が必要ですし、人生を豊かに生きる目的が必要です。必ずしも経済的に恵まれることばかりが、豊かな人生というのではありません。生き生きとした人生を生きるためには、神との交流は必要です。また人生の目的、使命を持つことが大切です。高齢になっても、同じです。 比較的に、日本人は高齢になると、自分が死を迎える事だけを考え始めますが、本来は高齢であっても、『私は神によって生かされている。』という考え方を持つなら、死を待つだけの人生ではなく、生き生きとした生活と幸せを掴むことが出来ます。
若い方なら、自分自身の好きな仕事や家庭のために、また隣人のために、生きる目的も見いだしやすいです。生き甲斐を見いだすことは、日々の積み重ねです。近代の日本の労働条件は乱れてきています。しかしながら、ハッキリとした目的を持って取り組むなら、困難は乗り切れます。時にはその困難に打ち死枯れそうにも成りますが、あなたが真剣に立ち向かい取り組みなら、それらを見ている隣人が助けを・・知恵を授けてくれます。その背後には、神はあなたを支え守っておられます。
神は自由を私たちに与えてくださいました。その自由な中から、神が喜ぶ、また隣人が喜ぶ、自分も満足、平安を得られる人生の目的を持ちましょう。
神は私たちがこの世において、エデンの園のように過ごすこと、神との交流を望んでおられます。 そのことを望む人々には、今まで知らなかった道、人生の目的を発見できます。あなた様の幸せのステップが益々豊かに成りますように。
***********
神の形に似せて創られた。
神はこのように、人をご自身の形に創造された。創世記1;27
私たち人間は、神に愛される存在として創造されました。 何の意味もなく存在を許されているのではありません。 生きてるだけでも、神の目から尊くて存在価値があるのです。
病気から植物人間と言われる方もおられるでしょうけれど、確かに看病することは大変ですし、安楽死を望む方もおられるでしょう。 安楽死で楽になるのは残された家族ですが、亡くなった後の悲しみはもっと苦しいです。
今から30年前の事です。私の妻が癌になって死の宣告を受けた時期があります。それも生きているからこそ、望みがありました。!! 生きている事に価値がありました。私に取っては生きている限り愛する事の目的でした。
神はアダムとエバをエデンの園を守るように命じられました。エデンの園には一つの川が湧き出て通ってエデンの園を潤していました。 その川は4つに別れ出ていました。
一つの川の名前はピション=成長という意味。 ハラビ=希望という台地を潤していました。
第二の川はギフォン=溢れ打ち破ると言う意味。クシュ=祝福という台地を潤して流れていました。
第3の川はヒデクル=代々という意味。 アシュルの東を流れていました。
第四の川はユーフラテス-増し加えられると言う意味
エデンは喜びと言う意味です。 神は私たちに素晴らしい生きてゆくための環境を与えられるのです。 今、あなたには不満があるかも知れません、しかし、神を求めて、あなたの与えられているエデンを守り耕すなら幸せは必ず来ます。だたし、神との契約を守らないといけません。 食べてはいけない実のみがあったように。それは自由と服従いう名の契約の中です。
神は、肥沃な川の流れの塵<チリ>から人を創られた。
『神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻に息を吹き込まれた。そこで、人は生き物になった。』聖書 創世記2:7
このようにして最初の人アダムは神様の手によって、神様の形に似せて造られました。
日本、ギリシャの神話などでは、神と人の血縁関係を伝える場合が多いです。聖書の人間観は、神によって造られ、血縁関係はないのです。しかし、神の息(霊)を吹き込まれたことによって、神に等しい霊的なの存在となりました。 それは人間以外にはなく、他のの動物とは一線を別け隔てています。ここに人間の尊厳性と微弱性が在ります。
神によって造られた多数の動物とは違い、神の霊を吹き込まれた者として、寵愛を受ける存在なのです。
一人でいたアダムに助けてとして、彼を深い眠りに落とし入れた神は、彼のあばら骨から女、エバ<血肉という意味>を造られました。
前記の豊かな川の中に有ったチリ、鉱物ミネラル成分が、私たちの身体の元になっています。アダム以外の人間は、その母の胎の中で、まるで土を練る上げるようにして形が造られて生まれます。 『男はその父母を離れ、妻と結び会い、二人は一体となり・・』創世記2:24 神は結婚することを、子供を作る事を願われ祝福されました。
人間はその存在そのものが、神から見て尊い存在なのです。
神は一人のように思われがちですが、聖書では3つの人格をひつとの神としています。
創世記1:26には 我々に似るように人を造ろうと語ったと書かれています。 聖書の神の概念です。
創造の父なる神、子供成る人格の神、キリスト。そして聖霊成る人格の神、それは私たちの助けてとしての神様、聖書では追求してはいませんが、私個人的には、どうしても母のような存在助け手をどうしても創造してしまいます。聖書で神の呼び名は、原語古代へブル語ではいくつかの呼び名があります。絶対口に出来ない神聖な呼び名でした。 そのために、なじみやすい別名で表現をしたこともあり、一人称や三人称で聖書に記されました。
聖書はモーゼがシナイの山で、神エホバに遭遇したときに、この創世記を記しました。聖霊の助けによってのちに、聖書は66巻に纏められました。 世代や時代を超えても目的は一つで、、私たちの救いとキリストの栄光です。 聖書に記されて、消えていた歴史、遺跡なども、あり得ないと思われても、考古学発掘が進んでいくと、実際に発見されたという事実が、聖書の正しさを知る事が出来ます。
2014年2月23日日曜日
@ 私たちを見守る神
NO16 私たちを見守る神
創 11:7 さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」
前記には、神は人はすることや止められないだろうと嘆かれています。
神が耐えられた自由を行使するときに時には,神の思いとは掛け離れてしまうことが有ります。 全地に人々が広がるように計画をなさった神ですが、バベルの塔を作り1カ所に留まろうとしたのです。神はその様子を見に天から下りてこられました。
神は人を殺すこと無く、その計画の中断させるために,一つの原語だった言葉を一瞬に多国語に切り替えられました。言葉を通じないようにし,建築中のバベルの塔を完成させないようにしたのです。
神ご自身が、私たちが何をしているのかを見守って居られます。 職場で・・その仕事ぶりに対して祝福を与えようと。時には天使の助けをおくられます。商売の成功、繁栄を与えようとして下さいます
家庭にも神は天から降りて来て,私たちを見守られます。家族に対して愛を持って接しているのか?一人いる台所。居間にも神は下りてこられ。私たちを見守られます。私たちの思いを知って下さり、私たちの計画を知ってその動機を見極められます。正しい事なのか?動機は何であるかを・・見極められる神です。 神は正しく,その動機を見極めて,正しく罰することが出来るお方なのです。
天から下りてくる神は、キリストの受肉を持って私たちの住むこの世にも下りてこられました。私たちの罪の身代わりの死を持って黄泉の世界にも下さったのです 。
絶大な神の大きな愛に感謝を捧げましょう。神の正しい判断と裁きにも、感謝を捧げましょう。また大きな試練に遭わないように,祈りも捧げましょう。
Ⅰコリ 10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。
ヤコブ 1:12 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。
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創 11:7 さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」
前記には、神は人はすることや止められないだろうと嘆かれています。
神が耐えられた自由を行使するときに時には,神の思いとは掛け離れてしまうことが有ります。 全地に人々が広がるように計画をなさった神ですが、バベルの塔を作り1カ所に留まろうとしたのです。神はその様子を見に天から下りてこられました。
神は人を殺すこと無く、その計画の中断させるために,一つの原語だった言葉を一瞬に多国語に切り替えられました。言葉を通じないようにし,建築中のバベルの塔を完成させないようにしたのです。
神ご自身が、私たちが何をしているのかを見守って居られます。 職場で・・その仕事ぶりに対して祝福を与えようと。時には天使の助けをおくられます。商売の成功、繁栄を与えようとして下さいます
家庭にも神は天から降りて来て,私たちを見守られます。家族に対して愛を持って接しているのか?一人いる台所。居間にも神は下りてこられ。私たちを見守られます。私たちの思いを知って下さり、私たちの計画を知ってその動機を見極められます。正しい事なのか?動機は何であるかを・・見極められる神です。 神は正しく,その動機を見極めて,正しく罰することが出来るお方なのです。
天から下りてくる神は、キリストの受肉を持って私たちの住むこの世にも下りてこられました。私たちの罪の身代わりの死を持って黄泉の世界にも下さったのです 。
絶大な神の大きな愛に感謝を捧げましょう。神の正しい判断と裁きにも、感謝を捧げましょう。また大きな試練に遭わないように,祈りも捧げましょう。
Ⅰコリ 10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。
ヤコブ 1:12 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。
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2014年2月12日水曜日
@ バベルの塔。止められない神の心。創世記11章より
NO15 バベルの塔。止められない神の心。
創11:5 そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。
11:6 主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。
バベルの塔・・神は人々を祝福して、全地に人が広がるように計画なさいました。
けれど、人々はその神の意志に反して,1カ所に留まろうとしましたね。
最初に神が色々計画なさっていても,私たちには、自由人としての存在を認めておられます。奴隷ですと全く自由は無く,一方的に神に聞き従うだけになってつまらない人生になります。 命をかけてまでも,自由を求めた歴史が沢山在ります。
奴隷の身分が如何に自由が無いかは皆様はご存じだと思います。
テトス2:9 奴隷には、すべての点で自分の主人に従って、満足を与え、口答えせず、
私たちには自由を与えられて、創造されました。アダムも、選択する自由が当たられていました。 神はこの様に語って居られます。『この園にある物は自由に食べる事が出来ます。しかし、善悪の実は食べてはいけません。』自由によって、神に聞き従うことが許されていました。
バベルの塔でも、同じように,神の意志を聞いていましたが,従うことを当時の人々は拒否したのです。
父なる神は,ご自身の契約に従って大洪水で,人を滅ぼすことしないで、彼らの共通語を乱して意志のそつが取れなくしました。
その決断をなさる際に,神は人々・・私たちの様子をご覧に天から下りてこられたのです。驚くことです。けれどそれは、今も同じことが起きています。
天から下りてくる神。キリストご自身も天から、人の子として生まれてくださり,私たち同様の生活と苦しみを知ってくださいました。ハデスに留まっていた者達のとこまでも落ちてくださったのです。
いまはキリストの代わりに,聖霊様が,私たちの助け手、助言者です。私たちの中に下りてくださって,キリストを信じ救われた私たちの中に、聖霊の宮となった私たちの中に住んでくださる聖霊様です。
そのこと知り、神の声を聞き分けるためにも聖霊の助けは不可欠です。聖霊によって書かれた聖書には聖霊の助けが一番です。
また誰でもが抱く共通の理解点も大切です。勝手な解釈は許されません。
災いは神から試練としてくる場合もあります。けれど神が計画した災いは、ヨブ記に書かれているように,むやみやたらな災いは無いのです。命に関わることは無いのですね。
聖書にも,耐えられない試練は無いと書かれています。
Ⅰコリ 10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。
在る有名牧師はいきすぎた発言をしていました。『地震で日本が地震被害を受けたのは,神の試練だ!悔い改めるべきだ!』と言ったそうです。神はむやみやに人を殺さないのですし、一人でも救いたいのです。 素意のために私たちは神の御心知り,神の意志に従って生活して,福音を伝えていきましょう。
創11:5 そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。
11:6 主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。
バベルの塔・・神は人々を祝福して、全地に人が広がるように計画なさいました。
けれど、人々はその神の意志に反して,1カ所に留まろうとしましたね。
最初に神が色々計画なさっていても,私たちには、自由人としての存在を認めておられます。奴隷ですと全く自由は無く,一方的に神に聞き従うだけになってつまらない人生になります。 命をかけてまでも,自由を求めた歴史が沢山在ります。
奴隷の身分が如何に自由が無いかは皆様はご存じだと思います。
テトス2:9 奴隷には、すべての点で自分の主人に従って、満足を与え、口答えせず、
私たちには自由を与えられて、創造されました。アダムも、選択する自由が当たられていました。 神はこの様に語って居られます。『この園にある物は自由に食べる事が出来ます。しかし、善悪の実は食べてはいけません。』自由によって、神に聞き従うことが許されていました。
画像中央左は私自身です。イラク・サマラーのミナレット
バベルの塔でも、同じように,神の意志を聞いていましたが,従うことを当時の人々は拒否したのです。
父なる神は,ご自身の契約に従って大洪水で,人を滅ぼすことしないで、彼らの共通語を乱して意志のそつが取れなくしました。
その決断をなさる際に,神は人々・・私たちの様子をご覧に天から下りてこられたのです。驚くことです。けれどそれは、今も同じことが起きています。
天から下りてくる神。キリストご自身も天から、人の子として生まれてくださり,私たち同様の生活と苦しみを知ってくださいました。ハデスに留まっていた者達のとこまでも落ちてくださったのです。
いまはキリストの代わりに,聖霊様が,私たちの助け手、助言者です。私たちの中に下りてくださって,キリストを信じ救われた私たちの中に、聖霊の宮となった私たちの中に住んでくださる聖霊様です。
そのこと知り、神の声を聞き分けるためにも聖霊の助けは不可欠です。聖霊によって書かれた聖書には聖霊の助けが一番です。
また誰でもが抱く共通の理解点も大切です。勝手な解釈は許されません。
災いは神から試練としてくる場合もあります。けれど神が計画した災いは、ヨブ記に書かれているように,むやみやたらな災いは無いのです。命に関わることは無いのですね。
聖書にも,耐えられない試練は無いと書かれています。
Ⅰコリ 10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。
在る有名牧師はいきすぎた発言をしていました。『地震で日本が地震被害を受けたのは,神の試練だ!悔い改めるべきだ!』と言ったそうです。神はむやみやに人を殺さないのですし、一人でも救いたいのです。 素意のために私たちは神の御心知り,神の意志に従って生活して,福音を伝えていきましょう。
2014年2月11日火曜日
@ 民族は一つから始まった。
NO14 民族は一つから始まった。
創 10:1 ノアの息子、セム、ハム、ヤフェトの系図は次のとおりである。洪水の後、彼らに息子が生まれた。
創 10:5 これらから海沿いの国々が分かれ出て、その地方により、氏族ごとに、それぞれ国々の国語があった。
神様は洪水後に,ノアの家族を祝福なさいました。 その子孫が世界に広がっていきました。子孫の名前が土地の名前になっているところがあります。
① 民族の分布には,神の隠されている摂理があります。
② イスラエルと他の民族との関係を示す家系図です。
③ アダムからノアに受け継がれて神の意志と祝福。一組の夫婦,アダムから生まれて世界に広がったことを示されている。
A、ヤペテの子孫は、エーゲ海周辺からカスピス海。ヨーロッパからインド辺りまで。
B,、ハムの子孫はカナン地区から南。エチオピアとかスーダン方面に。またエジプ、トリビア地中海北アフリカ方面にも広がりました。
B,ハムの子孫は、アッシリア バビロン方面 小アジアなどに広がりました。
現在、世界には多種多様な民族と言語があります。けれど、、一つの家族から生まれて派生していることが聖書には書かれています。神の救いの摂理、神の願いはアダムから生まれていることが分かります。
パウロは宣教している中でこの様に伝えています。
使 17:26 神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。
アダムに約束した救いの御業がキリストによって完成しています。それを伝える事が,私たちクリスチャン一人々に与えられている世界宣教への課題・・責務です。
マルコ16:15 それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい
この10章では,、ハムの子孫。ニムロデの名前が特筆されて祝福されています。
創 10:9 彼は【主】のおかげで、力ある猟師になったので、「主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになった。
私たちが何か事業とかで成功を収めたときには,園は以後には必ず,神の計画とか祝福が在ることを忘れてはいけないのです。
ハムは、ノアを軽視して、罪を犯しました。(十戒から・・両親を敬う事への軽視)
それをは跳ね返すような祝福を、その子孫が受けています。
神様は呪いを変えて,祝福に変えてくださるのです。
ここにも置かした過ちや罪は,個人個人の責任と悔い改めが必要である事を示しています。
神の素晴らしい愛と計画に、心から感謝と讃美を献げます。
創 10:1 ノアの息子、セム、ハム、ヤフェトの系図は次のとおりである。洪水の後、彼らに息子が生まれた。
創 10:5 これらから海沿いの国々が分かれ出て、その地方により、氏族ごとに、それぞれ国々の国語があった。
神様は洪水後に,ノアの家族を祝福なさいました。 その子孫が世界に広がっていきました。子孫の名前が土地の名前になっているところがあります。
① 民族の分布には,神の隠されている摂理があります。
② イスラエルと他の民族との関係を示す家系図です。
③ アダムからノアに受け継がれて神の意志と祝福。一組の夫婦,アダムから生まれて世界に広がったことを示されている。
A、ヤペテの子孫は、エーゲ海周辺からカスピス海。ヨーロッパからインド辺りまで。
B,、ハムの子孫はカナン地区から南。エチオピアとかスーダン方面に。またエジプ、トリビア地中海北アフリカ方面にも広がりました。
B,ハムの子孫は、アッシリア バビロン方面 小アジアなどに広がりました。
現在、世界には多種多様な民族と言語があります。けれど、、一つの家族から生まれて派生していることが聖書には書かれています。神の救いの摂理、神の願いはアダムから生まれていることが分かります。
パウロは宣教している中でこの様に伝えています。
使 17:26 神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。
アダムに約束した救いの御業がキリストによって完成しています。それを伝える事が,私たちクリスチャン一人々に与えられている世界宣教への課題・・責務です。
マルコ16:15 それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい
この10章では,、ハムの子孫。ニムロデの名前が特筆されて祝福されています。
創 10:9 彼は【主】のおかげで、力ある猟師になったので、「主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになった。
私たちが何か事業とかで成功を収めたときには,園は以後には必ず,神の計画とか祝福が在ることを忘れてはいけないのです。
ハムは、ノアを軽視して、罪を犯しました。(十戒から・・両親を敬う事への軽視)
それをは跳ね返すような祝福を、その子孫が受けています。
神様は呪いを変えて,祝福に変えてくださるのです。
ここにも置かした過ちや罪は,個人個人の責任と悔い改めが必要である事を示しています。
神の素晴らしい愛と計画に、心から感謝と讃美を献げます。
2014年2月5日水曜日
@ 新たな虹の契約。
NO13 神様は何故? 新たな虹の契約
創 9:16 虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。
神様は、洪水後の世界をあらゆる新世界に対しても期待を持たれて事が分かりますね。
新しい契約の印として、 虹を大空に雨が降った後の大空に設けられました。
神様は何故?虹の発生を新しい契約になさったのでしょうか?
虹の発生には3つの条件が必要ですね。適度の雨。適度の雲。太陽の光。
画像は彩雲
雨の一滴は,集まって川となり色々の汚れを流します。 それは,私たちの頬を伝わる、悲しみの涙の様ですが、神様はそれを知っておられて、慰めと言う大きな祝福に変えてくださいます。
雲は・・私たちの人生に立ちこめる暗雲さえも、神は試練いう形に変えてくださいます。
神様は闇雲に試練を与えたいとは思ってはおられません。これはヨブ記の冒頭に書かれています。サタンの挑戦から,私たちを守ってくださいます。
太陽の光が無いと虹は輝きません。暗雲も一滴の雨も,この光が無いと輝けないのです。
私たちの試練や苦しみ。涙する日々も、神の栄光という光で輝きに変わるのです。
それは父なる神とキリスト。そして聖霊の神はご一緒で在るかのように、虹も三位一体の神と私たちの関係を表しているようです。
洪水後に、神様はエデンの園でアダムを祝したように、私たち人類を祝福なさいました。
創9:1 それで、神はノアと、その息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。
神は新しいエデンを創りたいと願っておられて事がよく分かります。
強制的に、この世界壊さないことも誓われます。歴史を見ても神の怒りは忍耐によって・・その故に私たちは,現代まで生きながらえています。
創 9:21 ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。
神が正しいと認めた人。ノアでさえ、自制を失う事があります。農業を初めて,ブドウの収穫をしました。それで始めてのワインに喜びましたね。でもその喜び強くて、彼の自制を失わせたのでしょうか?
私たちにも,これは教訓として心に留めておくべき事ですね。
ハムは父の裸を見て侮りました。私たち日本人は、温泉、銭湯などで他人の裸を見変えていますけれど、中近東では他人の裸。同性であっても見る事はほとんど無いです。
何が問題だったのでしょうか?十戒を見てみれば、父親の尊厳を軽視したことが,罪となりました。この箇所に明記されず、俗説には性的な罪を犯したとも言われていますが、、。これも十戒に記されていることに通じています。
ここで注目は、罪を犯したのハムであっても,その子供、カナン子孫に呪いの言葉が語られています。9:25 後にハムの子孫 カナン人等の倫理的品性の預言を語られています。
呪いは,その子孫 四世代まで 祝福は1000代まで及ぼします。続く,10章にはカナンの子孫にも,神の恵みと力添えがあります。神の力で,のろいが祝福に変えられたことが記されています。
申命記23:5 あなたの神、主は、あなたのために、のろいを祝福に変えられた。あなたの神、主は、あなたを愛しておられるからである。
神様は,私たちの呪いを祝福に変える事が出来る神で在る事を讃美しましょう。
創 9:16 虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。
神様は、洪水後の世界をあらゆる新世界に対しても期待を持たれて事が分かりますね。
新しい契約の印として、 虹を大空に雨が降った後の大空に設けられました。
神様は何故?虹の発生を新しい契約になさったのでしょうか?
虹の発生には3つの条件が必要ですね。適度の雨。適度の雲。太陽の光。
画像は彩雲
雨の一滴は,集まって川となり色々の汚れを流します。 それは,私たちの頬を伝わる、悲しみの涙の様ですが、神様はそれを知っておられて、慰めと言う大きな祝福に変えてくださいます。
雲は・・私たちの人生に立ちこめる暗雲さえも、神は試練いう形に変えてくださいます。
神様は闇雲に試練を与えたいとは思ってはおられません。これはヨブ記の冒頭に書かれています。サタンの挑戦から,私たちを守ってくださいます。
太陽の光が無いと虹は輝きません。暗雲も一滴の雨も,この光が無いと輝けないのです。
私たちの試練や苦しみ。涙する日々も、神の栄光という光で輝きに変わるのです。
それは父なる神とキリスト。そして聖霊の神はご一緒で在るかのように、虹も三位一体の神と私たちの関係を表しているようです。
洪水後に、神様はエデンの園でアダムを祝したように、私たち人類を祝福なさいました。
創9:1 それで、神はノアと、その息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。
神は新しいエデンを創りたいと願っておられて事がよく分かります。
強制的に、この世界壊さないことも誓われます。歴史を見ても神の怒りは忍耐によって・・その故に私たちは,現代まで生きながらえています。
創 9:21 ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。
神が正しいと認めた人。ノアでさえ、自制を失う事があります。農業を初めて,ブドウの収穫をしました。それで始めてのワインに喜びましたね。でもその喜び強くて、彼の自制を失わせたのでしょうか?
私たちにも,これは教訓として心に留めておくべき事ですね。
ハムは父の裸を見て侮りました。私たち日本人は、温泉、銭湯などで他人の裸を見変えていますけれど、中近東では他人の裸。同性であっても見る事はほとんど無いです。
何が問題だったのでしょうか?十戒を見てみれば、父親の尊厳を軽視したことが,罪となりました。この箇所に明記されず、俗説には性的な罪を犯したとも言われていますが、、。これも十戒に記されていることに通じています。
ここで注目は、罪を犯したのハムであっても,その子供、カナン子孫に呪いの言葉が語られています。9:25 後にハムの子孫 カナン人等の倫理的品性の預言を語られています。
呪いは,その子孫 四世代まで 祝福は1000代まで及ぼします。続く,10章にはカナンの子孫にも,神の恵みと力添えがあります。神の力で,のろいが祝福に変えられたことが記されています。
申命記23:5 あなたの神、主は、あなたのために、のろいを祝福に変えられた。あなたの神、主は、あなたを愛しておられるからである。
神様は,私たちの呪いを祝福に変える事が出来る神で在る事を讃美しましょう。
2014年2月3日月曜日
@ 箱船の中では・・
創8:1 神は、ノアと、箱舟の中に彼といっしょにいたすべての獣や、すべての家畜とを心に留めておられた。
箱船の中で過ごしていた時間。神はノアと共に箱船の中におられたのです。ノアだけでも無く、神は動物たちにも神の心が向けられていたことには驚きを隠せないと思いませんか? 一羽の巣の雀にも,また私たち一人 一人にも 目を・・心を向けてくださっておられる証拠でもあります。
マタイ10:29 二羽の雀は一アサリオンで売っているでしょう。しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。
出エジプト2:23 それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエル人は労役にうめき、わめいた。彼らの労役の叫びは神に届いた。
2:24 神は彼らの嘆きを聞かれ、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。
2:25 神はイスラエル人をご覧になった。神はみこころを留められた。
短く記されている聖書の言葉には,神の温かい心中が記されていますから感謝です。神は私たちの心労や日々の生活の中で次々と起きてくる問題にも心して,解答の時期を見計らっておられます。
神はその御手で天の水門を閉められました。水が引くまでの期間。箱船の中では、神様は濃厚な特別な時間を過ごしておられました。
鳩がオリーブの若葉をくわえて、ノアの元に戻ってきました。8:11
このオリーブの木の種は、アノ自身が蒔いた物ではないと思います。 ふと福音の種を思い起こさせました。一見無駄と思える・・結果が直ぐに出ないと思える福音を種を誰からが蒔かないと刈り取り実りが無い事を・・
創8:18 そこで、ノアは、息子たちや彼の妻や、息子たちの妻といっしょに外に出た。
神がのアノ側におられて事を前記に書きました。それでも神の命令。一言が無いとノアは外に出なかったのです。 親しい間柄になるとこれ位はいいだろうでは無く,神の意志に従ってことが分かります。
それは自由人としての権利と意志が神に与えられていますけれど、ノアはその自由な意志によって,神に従っていました。 箱船を作らないことも出来たのですから・・
ガラテア5:1 キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。
箱船は,十字架の購いと同じです。キリストの十字架と言う箱船に入り、贖われ救われます。私たちの自由な意志でキリストにしたがって生きることが重要です。
そのことを現すかのように、ノアは箱船をでた第一歩後に、祭壇を築いて神を礼拝しています。
創8:20 ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。
私たちも日々の第一歩を歩み始める前に,主のための祭壇を築こうではありませんか?
神を礼拝する場所を,各自の奥まった部屋に祈りの祭壇を築きましょう。でも主の祭壇で無いといけないと・・自分のための祭壇、祈りではあってはいけない思います。
皆様の上に、神の豊かな祝福が有りますように。祈ります。
箱船の中で過ごしていた時間。神はノアと共に箱船の中におられたのです。ノアだけでも無く、神は動物たちにも神の心が向けられていたことには驚きを隠せないと思いませんか? 一羽の巣の雀にも,また私たち一人 一人にも 目を・・心を向けてくださっておられる証拠でもあります。
マタイ10:29 二羽の雀は一アサリオンで売っているでしょう。しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。
出エジプト2:23 それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエル人は労役にうめき、わめいた。彼らの労役の叫びは神に届いた。
2:24 神は彼らの嘆きを聞かれ、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。
2:25 神はイスラエル人をご覧になった。神はみこころを留められた。
短く記されている聖書の言葉には,神の温かい心中が記されていますから感謝です。神は私たちの心労や日々の生活の中で次々と起きてくる問題にも心して,解答の時期を見計らっておられます。
神はその御手で天の水門を閉められました。水が引くまでの期間。箱船の中では、神様は濃厚な特別な時間を過ごしておられました。
鳩がオリーブの若葉をくわえて、ノアの元に戻ってきました。8:11
このオリーブの木の種は、アノ自身が蒔いた物ではないと思います。 ふと福音の種を思い起こさせました。一見無駄と思える・・結果が直ぐに出ないと思える福音を種を誰からが蒔かないと刈り取り実りが無い事を・・
創8:18 そこで、ノアは、息子たちや彼の妻や、息子たちの妻といっしょに外に出た。
神がのアノ側におられて事を前記に書きました。それでも神の命令。一言が無いとノアは外に出なかったのです。 親しい間柄になるとこれ位はいいだろうでは無く,神の意志に従ってことが分かります。
それは自由人としての権利と意志が神に与えられていますけれど、ノアはその自由な意志によって,神に従っていました。 箱船を作らないことも出来たのですから・・
ガラテア5:1 キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。
箱船は,十字架の購いと同じです。キリストの十字架と言う箱船に入り、贖われ救われます。私たちの自由な意志でキリストにしたがって生きることが重要です。
そのことを現すかのように、ノアは箱船をでた第一歩後に、祭壇を築いて神を礼拝しています。
創8:20 ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。
私たちも日々の第一歩を歩み始める前に,主のための祭壇を築こうではありませんか?
神を礼拝する場所を,各自の奥まった部屋に祈りの祭壇を築きましょう。でも主の祭壇で無いといけないと・・自分のための祭壇、祈りではあってはいけない思います。
皆様の上に、神の豊かな祝福が有りますように。祈ります。
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