今まで各1章ずつ書いて、バベルの塔の記録まで来ました。
もう一度。繰り返してポイントを繰り返してみました。
生きる目的、生き甲斐を持とう。
初めに神は天と地を創造した。 聖書 創世記1章1節
神はこのように、人をご自分の形に創造された。神の形に男と女を彼らを創造された。
神はまた、彼らを祝福し、このように仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。・・全ての生き物を支配せよ。』 創世記1:27~28
神は7日間で天地を創られて、人を神の形に似せて作られました。
またエデンの園を設けて、人に住まいを与え、食べ物も豊かに与えられました。
人は創造の神の守りの中で、安息に生活が出来ます。また神様と交わり会話楽しむ存在でした。 人には必ず、安息できる場所があります。 また神から託された生き方と同時に目的があります。 現代になっても、その事には代わりはありません。 エデンの園は、現代からは見せなくなりました。しかし、神は同じように、私たちに対して願っておられます。
人々は必ず、安息する場所が必要ですし、人生を豊かに生きる目的が必要です。必ずしも経済的に恵まれることばかりが、豊かな人生というのではありません。生き生きとした人生を生きるためには、神との交流は必要です。また人生の目的、使命を持つことが大切です。高齢になっても、同じです。 比較的に、日本人は高齢になると、自分が死を迎える事だけを考え始めますが、本来は高齢であっても、『私は神によって生かされている。』という考え方を持つなら、死を待つだけの人生ではなく、生き生きとした生活と幸せを掴むことが出来ます。
若い方なら、自分自身の好きな仕事や家庭のために、また隣人のために、生きる目的も見いだしやすいです。生き甲斐を見いだすことは、日々の積み重ねです。近代の日本の労働条件は乱れてきています。しかしながら、ハッキリとした目的を持って取り組むなら、困難は乗り切れます。時にはその困難に打ち死枯れそうにも成りますが、あなたが真剣に立ち向かい取り組みなら、それらを見ている隣人が助けを・・知恵を授けてくれます。その背後には、神はあなたを支え守っておられます。
神は自由を私たちに与えてくださいました。その自由な中から、神が喜ぶ、また隣人が喜ぶ、自分も満足、平安を得られる人生の目的を持ちましょう。
神は私たちがこの世において、エデンの園のように過ごすこと、神との交流を望んでおられます。 そのことを望む人々には、今まで知らなかった道、人生の目的を発見できます。あなた様の幸せのステップが益々豊かに成りますように。
***********
神の形に似せて創られた。
神はこのように、人をご自身の形に創造された。創世記1;27
私たち人間は、神に愛される存在として創造されました。 何の意味もなく存在を許されているのではありません。 生きてるだけでも、神の目から尊くて存在価値があるのです。
病気から植物人間と言われる方もおられるでしょうけれど、確かに看病することは大変ですし、安楽死を望む方もおられるでしょう。 安楽死で楽になるのは残された家族ですが、亡くなった後の悲しみはもっと苦しいです。
今から30年前の事です。私の妻が癌になって死の宣告を受けた時期があります。それも生きているからこそ、望みがありました。!! 生きている事に価値がありました。私に取っては生きている限り愛する事の目的でした。
神はアダムとエバをエデンの園を守るように命じられました。エデンの園には一つの川が湧き出て通ってエデンの園を潤していました。 その川は4つに別れ出ていました。
一つの川の名前はピション=成長という意味。 ハラビ=希望という台地を潤していました。
第二の川はギフォン=溢れ打ち破ると言う意味。クシュ=祝福という台地を潤して流れていました。
第3の川はヒデクル=代々という意味。 アシュルの東を流れていました。
第四の川はユーフラテス-増し加えられると言う意味
エデンは喜びと言う意味です。 神は私たちに素晴らしい生きてゆくための環境を与えられるのです。 今、あなたには不満があるかも知れません、しかし、神を求めて、あなたの与えられているエデンを守り耕すなら幸せは必ず来ます。だたし、神との契約を守らないといけません。 食べてはいけない実のみがあったように。それは自由と服従いう名の契約の中です。
神は、肥沃な川の流れの塵<チリ>から人を創られた。
『神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻に息を吹き込まれた。そこで、人は生き物になった。』聖書 創世記2:7
このようにして最初の人アダムは神様の手によって、神様の形に似せて造られました。
日本、ギリシャの神話などでは、神と人の血縁関係を伝える場合が多いです。聖書の人間観は、神によって造られ、血縁関係はないのです。しかし、神の息(霊)を吹き込まれたことによって、神に等しい霊的なの存在となりました。 それは人間以外にはなく、他のの動物とは一線を別け隔てています。ここに人間の尊厳性と微弱性が在ります。
神によって造られた多数の動物とは違い、神の霊を吹き込まれた者として、寵愛を受ける存在なのです。
一人でいたアダムに助けてとして、彼を深い眠りに落とし入れた神は、彼のあばら骨から女、エバ<血肉という意味>を造られました。
前記の豊かな川の中に有ったチリ、鉱物ミネラル成分が、私たちの身体の元になっています。アダム以外の人間は、その母の胎の中で、まるで土を練る上げるようにして形が造られて生まれます。 『男はその父母を離れ、妻と結び会い、二人は一体となり・・』創世記2:24 神は結婚することを、子供を作る事を願われ祝福されました。
人間はその存在そのものが、神から見て尊い存在なのです。
神は一人のように思われがちですが、聖書では3つの人格をひつとの神としています。
創世記1:26には 我々に似るように人を造ろうと語ったと書かれています。 聖書の神の概念です。
創造の父なる神、子供成る人格の神、キリスト。そして聖霊成る人格の神、それは私たちの助けてとしての神様、聖書では追求してはいませんが、私個人的には、どうしても母のような存在助け手をどうしても創造してしまいます。聖書で神の呼び名は、原語古代へブル語ではいくつかの呼び名があります。絶対口に出来ない神聖な呼び名でした。 そのために、なじみやすい別名で表現をしたこともあり、一人称や三人称で聖書に記されました。
聖書はモーゼがシナイの山で、神エホバに遭遇したときに、この創世記を記しました。聖霊の助けによってのちに、聖書は66巻に纏められました。 世代や時代を超えても目的は一つで、、私たちの救いとキリストの栄光です。 聖書に記されて、消えていた歴史、遺跡なども、あり得ないと思われても、考古学発掘が進んでいくと、実際に発見されたという事実が、聖書の正しさを知る事が出来ます。
2014年3月5日水曜日
2014年1月28日火曜日
@ ノアの決断
創世記 7:5 ノアは、すべて主が命じられたとおりにした。
神がこの世を・・エデンを作られた時には、アダムとの共存を僕や奴隷としてでは無く、自由人として心に決めておられました。
折角。与えられていた自由をアダムは、サタンの誘惑のために使いました。
その後、サタン・悪霊達は人々の心に足がかりを持てる権利を得てしまいました。
結果、最初に,神様が計画していた人とは違い,悪ばかりを繰り返すように成り、神は一端リセットなさろうとしました。
その中で独りだけ。ノアを見いだされてました。
当時の悪い世代の中で,ノアも悪い物を見聞きしていたと思いますが,彼はそれらをはねつけて遠ざけていたのですね。
神は,ノアに現れて,一つのことを、箱船を作る様に語られ命じられました。
箱船は大型タンカーですね。それを作りには,現代でも大勢の人が掛かってさえも1年~2年掛かります。それは僅かな人数の家族で作りのですから、想像を超える物だったと思います。
多くの年月を要している間には,当時の人々は,ノアをあざ笑うだけでした。
神の願いは多くの年月を要している間に、独りでも悔い改める事を願っておられたことも理解できます。
寸分違わず,箱笛を作り続ける事は大変ですし,信仰を保ち続ける事も大変ですね。
命じられたことを,士気を下げないで実行。ビジョンを保つことが如何に重要であるかが分かります。
あらゆる種の保存さえも命じられました。それらを数名の家族で集めることも大変な作業と日数が掛かります。
ノアは着実に 創世記 7:5 ノアは、すべて主が命じられたとおりにした。と記されています。
私たちは聖霊によって助けと導きがあります。それらを知り,従っていく為の助けです
ややもして・・それを気がつかないで過ぎている日々が在ることも事実です。この点を,神に祈り気がつかせて頂き,実行できるように祈りませんか!
創世記 7:10 それから七日たって大洪水の大水が地の上に起こった。
私たちは神からのビジョンを遂行実行中は,生き生きしますね。
けれど、何故か? 沈黙なさるときがあります。この時期が大きな試練です。
箱船が完成し,種の保存のための動物を全て箱船に治めました。
終えてから最後の沈黙がありました。箱船のとを封鎖してから、雨が降りませんでした。
その七日間はノアとその家族が信仰を・・神の言葉を信じ続けることを試されました。
例えば・・アブラハムに,神は子供を与えると宣言約束なさったのに,実行されるまでには,25年の年月が掛かりました。この年月は人それぞれで違います。
神の命令に・・ビジョンに従っていても,突然の沈黙に私たちは耐えて。信仰ビジョンを保つ必要が在る事があります。
あなたの自分の試され忍耐が必要なときのために備えていきましょう。
私自身も,神戸で開拓伝道するときに,40日の断食を2度しました。その時に与えられたビジョンが実行実現できない状態が長い間。続いて居ます。でも諦めないで祈り忍耐をしています。
勝手ながら、どうぞ、覚えて,ご加祷を賜りますように,お願いいたします。
2014年1月24日金曜日
@ ノアの生き方。創世記6章
6章に入って3つの記録が 目にとまります。
人の齢が短くなる。
3節には、人は、その生き方に責任が問われる事、責任を負わなくてはいけない。
神に捧げて人生をおくる責任があります。身勝手な生き方を神は好まれないのです。
500年から1000年 生きていた人は、神の意志で,120年を境目前後。制定され変更されます。3節 神の子たちがあまりにも気ままに結婚することから風紀の乱れを憂いをされた神様がおられます。
申命記 新共同訳
32:5 不正を好む曲がった世代はしかし、神を離れ/その傷ゆえに、もはや神の子らではない。32:6 愚かで知恵のない民よ/これが主に向かって報いることか。彼は造り主なる父/あなたを造り、堅く立てられた方。
神の意志に従った人健康的に生きた人は、この地上でも120年以上も長生きしていた記録もあります。 神の意志を変えるほどに,当時も・・現代も・・悪い時代に入ってきているのかも知れません。
神の心「私の霊は、永久には人には留まらないであろう。」神は,私達一人々に注視して忍耐もしておられるのです。
5節には、『ご覧になったとも書かれています。』
神の憂い、悪がはびこる時代
4節からは、ネフィリムの身勝手さがが神の心を損ねたこと,心痛められたこも書かれています。
8節から登場する ノアが主の心にかなっていたと書かれています。
「朱に交われば赤くなる。」と,ことわざが示唆ように。 罪の生活を続けていると感覚が麻痺してきます。それが当たり前のようになっていきます。それが廻りにも影響を与えていきます。神の心から離れた生活をしている人々の中で、一人だけが正しく御心に叶った生活をすることが困難だったのです。
神の心にかなうように努める
しかし、ノアだけが,神の心にかなっていたのです。8節には「ノアは、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神と共に歩んだ」と書かれています。
たった一人が・・ノアだけが正しい人であると認められる。周囲の人々は一体どの様な生活、心で過ごしていたのだろうか? アノだけしか残っていなかったと・・神の深い悲しみ落胆は・いかなる物だったことでしょう。
罪を犯したアダムから受け継いだ・・祝福と罪の報酬・・気を付けて各自の心を見張る事をしないと・・悪の想いが増大することも6:5には暗示されています。
さて、ノアの心にも,この性質は受け継がれていたのです。けれど、彼は努めて悪い事にも心寄せないで、彼が意識してそれらの悪い事から恥ずべき事からも距離を置いていました。義人と認められるのは、当時はノアだけでした。
今日。神の目を喜ばせている義人は何人居るのでしょう?
神の赦し。十字架の購い無しでは,義人は一人も居ないのです。
ロマ 3:10 それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。
キリストの血の代価で,買い取られた私たち。クリスチャンは神に感謝を日々すべきです。
ロマ 1:17 なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
Ⅰペテ 3:12 主の目は義人の上に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。しかし主の顔は、悪を行う者に立ち向かう。」
ノアは最初から義人としては認められていなかったのです。しかし、神に近づき、御心に叶った生活を続けていきたいと強く願っていたことが。彼の周囲を取り巻いていた悪のの環境からも,逆に理解できます。 誘惑には弱い私たちですが、 ノアのように神の認められる生活を送れるように祈り神の助け・・私たちの助けてで在る聖霊様を,日々の生活の中に歓迎して、そのお声を聞き分けられるように訓練していきましょう。
ヨハ 14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
人の齢が短くなる。
3節には、人は、その生き方に責任が問われる事、責任を負わなくてはいけない。
神に捧げて人生をおくる責任があります。身勝手な生き方を神は好まれないのです。
500年から1000年 生きていた人は、神の意志で,120年を境目前後。制定され変更されます。3節 神の子たちがあまりにも気ままに結婚することから風紀の乱れを憂いをされた神様がおられます。
申命記 新共同訳
32:5 不正を好む曲がった世代はしかし、神を離れ/その傷ゆえに、もはや神の子らではない。32:6 愚かで知恵のない民よ/これが主に向かって報いることか。彼は造り主なる父/あなたを造り、堅く立てられた方。
神の意志に従った人健康的に生きた人は、この地上でも120年以上も長生きしていた記録もあります。 神の意志を変えるほどに,当時も・・現代も・・悪い時代に入ってきているのかも知れません。
神の心「私の霊は、永久には人には留まらないであろう。」神は,私達一人々に注視して忍耐もしておられるのです。
5節には、『ご覧になったとも書かれています。』
神の憂い、悪がはびこる時代
4節からは、ネフィリムの身勝手さがが神の心を損ねたこと,心痛められたこも書かれています。
8節から登場する ノアが主の心にかなっていたと書かれています。
「朱に交われば赤くなる。」と,ことわざが示唆ように。 罪の生活を続けていると感覚が麻痺してきます。それが当たり前のようになっていきます。それが廻りにも影響を与えていきます。神の心から離れた生活をしている人々の中で、一人だけが正しく御心に叶った生活をすることが困難だったのです。
神の心にかなうように努める
しかし、ノアだけが,神の心にかなっていたのです。8節には「ノアは、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神と共に歩んだ」と書かれています。
たった一人が・・ノアだけが正しい人であると認められる。周囲の人々は一体どの様な生活、心で過ごしていたのだろうか? アノだけしか残っていなかったと・・神の深い悲しみ落胆は・いかなる物だったことでしょう。
罪を犯したアダムから受け継いだ・・祝福と罪の報酬・・気を付けて各自の心を見張る事をしないと・・悪の想いが増大することも6:5には暗示されています。
さて、ノアの心にも,この性質は受け継がれていたのです。けれど、彼は努めて悪い事にも心寄せないで、彼が意識してそれらの悪い事から恥ずべき事からも距離を置いていました。義人と認められるのは、当時はノアだけでした。
今日。神の目を喜ばせている義人は何人居るのでしょう?
神の赦し。十字架の購い無しでは,義人は一人も居ないのです。
ロマ 3:10 それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。
キリストの血の代価で,買い取られた私たち。クリスチャンは神に感謝を日々すべきです。
ロマ 1:17 なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
Ⅰペテ 3:12 主の目は義人の上に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。しかし主の顔は、悪を行う者に立ち向かう。」
ノアは最初から義人としては認められていなかったのです。しかし、神に近づき、御心に叶った生活を続けていきたいと強く願っていたことが。彼の周囲を取り巻いていた悪のの環境からも,逆に理解できます。 誘惑には弱い私たちですが、 ノアのように神の認められる生活を送れるように祈り神の助け・・私たちの助けてで在る聖霊様を,日々の生活の中に歓迎して、そのお声を聞き分けられるように訓練していきましょう。
ヨハ 14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
2014年1月17日金曜日
@ 神が取り上げたエノク 創世記 5章より
神が取り上げたエノク
創5:24 エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。
創世記5章に入ると人名系列が書かれています。それぞれ1000年近く長生きしています。その中で一人だけエノクは死んだとは書かれないで,神が取り上げられたと書かれています。 彼エノクは神とともに歩いたと書かれています。 英語聖書 Today’s English Versionではこの様に書かれてありました。
Gen 5:24 He spent his life in fellowship with God, and then he disappeared, because God took him away.
his life in fellowship with God, エノクの人生は、神の教え従って歩いた以上に、神様との交わりに尽くしていた生き方だったことが表現されていました。
Going my way 我が道を行くでは無い生き方でした。
まさに、 My way of life that is in God 神の中にある私の人生・・と言う生き方です。
エノクは、日々。神様の意思を聞きながら従っていた様子がうかがえます。ある日だけ、ある時期だけを神に従っていたのでは無く、彼の長い人生の全てを,神に付き従っていたのです。
365歳の時に「神に取られた」のです。エノクという意味は従う者の意味。
一発屋とか花火のように,一瞬輝いた人生では無く、毎日が神に従い歩き、輝いて今のです。私は、アメリカの日本人教会を巡回して伝道したことがあります。
その一つの教会は、アメリカ人の教会堂の一部を借りていました。沢山の小礼拝堂と共に2~3千人収容の体育館ほどの大きな礼拝堂がありました。その大きな礼拝堂を建てざるを得なかったリバイバルが去って仕舞い、集まる人は1000人に満たないと聞きました。
その会堂の中心に座って祈ったときに、神の計画という言葉が心に響いてきました。
神の御心に従って計画を立てることを,私たちは忘れてしまうことが如何に多いことでしょうか?
神に従ったときには,聖霊の風は吹きますが、教会員や指導者が,少しでも御心から逸れると、聖霊は御心の好み所に向きを変えてしまいます。
生きている間の全ての日々を,神の御心に従い歩く事が,私たち人間に困難な事と思います。それは、各々が自分中心に考えて,思考して生活することが楽になる性質が、アダムの罪からの遺産・心根が引き継がれてしまったのです。
神にに従うことは日々。自我との戦いの戦場に行くことです。
エノクはその戦いに勝って,御心中心の人生を委ねたのです。神はそのことから、死んだのでは無く、神の側に引き寄せられたのです。アダムには与えられなかった恩寵が、エノクには当たられたのです。
私たちの少しでも神に近づく生活をしていきましょう。その決心に聖霊様が、私たちの助けてとして,キリストに変わって多くの天使と共に来て下さいます。
少しでもエノクのように,人生を生きて終えたいと思いませんか。
神様は一人一人の名前を覚えて記録なさいました。
私たちの名前も同様に覚えて下さって,生き方も見ておられることは非常に感謝な事です。
*エノク書という聖書外典があります。エノクが天に上り神の書記官として用いられて,天国の出来事を地上に示したと書かれた内容です。けれどその内容を,主イエス様は一切。(外典からは)引用なさいませんでした。主キリストに習って外典から引用したり説教をすることは避けたいと,私は思います。
2014年1月15日水曜日
@ 祝福の名前と家系 創世記 4章
神の願いは、祝福を与えたいと・・創世記4章から・・・
前回にはエノクが神から時別に愛された、取り扱いを受けたと記しました。
このエノクは、アダムに生まれた新しい子供。三男として生まれた子孫のことです。
エノクと名前の意味は、奉献する。とか新しい家<家系>を築くという意味があります。
聖書には4人のエノクが登場します。カインの子供にもエノクがいました。父の荒々しい気性は受け継いでいました。 親が願う子供の人生にふさわしい名前を大概は付けますね。 例えば、ユバルと言う名前の子供が生まれ、美しい声という意味の名が付けられ、人類初音楽家となり、トバルと言う子は、物造りの意味があります。鉄を扱う意味もあり鍛冶屋になりました。
カインから生まれた子孫の中に、レメクがいました。彼の名意味は「強烈な意思の意味を持つようになる。」です。歴史の流れの性格さえも現すようです。カインの子孫はカナン人と成り、後にアブラハムの子孫に敵対するようになります。
神は、カインを人が過って殺さないように定めました。
しかし、このレメクは言いました。「カインに7倍の復讐が在れば、レメクに77倍の復讐。」と言いきっています。 神の意志は、罪を犯したカインさえも罰しないで、天寿を全うさせ、人が過って、彼を殺さないように、身体に印を付けましたが、レメクは、神の意志さえも無視した強烈な意思を持って生まれました。地上の人間生活の進歩、文明形成を行いました。しかし。神本来の意思を無視しました。
*************************
神の願いより呪いを倍にしたレメクがいます。
時々、「神は何故戦争をなくさないのか?」 何故人は不幸なのか?似たような質問疑問が枠でしょう。 けれど これらは天の父なる神からの本心からはかけ離れていると思います。さも神に、原因があるかのように、考えがちですが、決して神の本心では無いのです。
カインからの気質は、少なくとも人間の中に、種として植え付けられてしまいました。サタン悪魔によって、エデンの園の過ちから、誘惑から始まったのです。神からの気質も本来はあり、人と愛する事、自由な選択する力も持っています。しかし、悪を行う力も同時にサタンから植え付けられました。
両親から引き付いた気質は、私たちの中にもあります。幼い時に、両親の嫌さ性悪を見て、自分はあんなふうには成りたくないと、皆さんは思ったことが大なり小なりありませんか?親か叱られて、嫌だと想っていても、自分の子供には よく叱り・・離婚した親を見て、嫌だと想っても、その子供の中には離婚をたやすく考えてしまう傾向がありようです。< 念のため、全てではないです。>
解決は、エデンの園で契約された、新しい契約の救いを持つことです。創世記3:13
救いの力、サタンノ頭を砕く力は、神の子キリストだけです。
自分では解決できないと想えるどうすることも出来ない気性の問題も、
キリストには家系の呪いも解決の力が在るのです。
神の祝福を受けることは、その個人成らずとも、家系に対する祝福となります。
アダムの第3子。セツ 意味は「授けられる、生ませた者。」 と言うこともが生まれます。神は長男のカインよりは、この子供に祝福をおかれて、神の願いを託されました。
生ませた者から生まれたセツの子供には、エノシュと名付けられました。人という意味です。アダムと同じ意味合いです。このエノシュは自分の弱さを自覚したのでしょう。神を求めての礼拝を始めます。創世記4:26
創世記5章に入ると、これはアダムの歴史で在ると書いてあります。 ここでの歴史とは、へブル語ではトーレドースが用いられます。生ませし者の意味です。 これは歴史という意味とも成ります。ヒストリーHistoryとは違う意味です。キリストHis story 彼のストリーが英語では歴史の意味です。キリストの物語が歴史の語源です。 アダムからの家系がキリストに受け継がれる歴史でもあります。
セツの子供たち、孫達は長生きして、800~1000年の長寿でした。
その子孫の中には、レメクがいました。彼は長生きを苦しみと感じて居たようです。沢山の子どももいました。そうではなく喜びと感じる子供も居ました。その一人がエノクでした。 (カインの子供、子孫のエノクとは違います。)エノクは神と共に歩み、神に喜ばれました。神は彼を生きたまま、天に召されました。神と共に歩む事が長生きしても、喜びと思えることが非常に多いと言えます。
彼の子孫には、ノアが生まれました。慰めの子という意味です。 神からの罪の呪いはありましたので、額に汗する耕すことの労働は在りましたけれど、ノアはそれらの苦労を慰められたと言う意味を持って生まれました。
ノアには、セム。ハム。ヤペテの子供が生まれました。
親としても幸せを子供に受け継がせることには、昔も今も代わりはないですね。
少しでも神に祝福された霊的な財産を受け継がせることが。次の幸せにもつないでいくことになります。
あなたはどのような祝福を、あなたの子供に受け告がせる事が出来るかを、静かに考えたことがありますか? あなたの信仰を1番の遺産として,子孫に受け継がせていきましょう。
神である天の父、創造の主キリストに,助けと祝福を求めましょう。
前回にはエノクが神から時別に愛された、取り扱いを受けたと記しました。
このエノクは、アダムに生まれた新しい子供。三男として生まれた子孫のことです。
エノクと名前の意味は、奉献する。とか新しい家<家系>を築くという意味があります。
聖書には4人のエノクが登場します。カインの子供にもエノクがいました。父の荒々しい気性は受け継いでいました。 親が願う子供の人生にふさわしい名前を大概は付けますね。 例えば、ユバルと言う名前の子供が生まれ、美しい声という意味の名が付けられ、人類初音楽家となり、トバルと言う子は、物造りの意味があります。鉄を扱う意味もあり鍛冶屋になりました。
カインから生まれた子孫の中に、レメクがいました。彼の名意味は「強烈な意思の意味を持つようになる。」です。歴史の流れの性格さえも現すようです。カインの子孫はカナン人と成り、後にアブラハムの子孫に敵対するようになります。
神は、カインを人が過って殺さないように定めました。
しかし、このレメクは言いました。「カインに7倍の復讐が在れば、レメクに77倍の復讐。」と言いきっています。 神の意志は、罪を犯したカインさえも罰しないで、天寿を全うさせ、人が過って、彼を殺さないように、身体に印を付けましたが、レメクは、神の意志さえも無視した強烈な意思を持って生まれました。地上の人間生活の進歩、文明形成を行いました。しかし。神本来の意思を無視しました。
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神の願いより呪いを倍にしたレメクがいます。
時々、「神は何故戦争をなくさないのか?」 何故人は不幸なのか?似たような質問疑問が枠でしょう。 けれど これらは天の父なる神からの本心からはかけ離れていると思います。さも神に、原因があるかのように、考えがちですが、決して神の本心では無いのです。
カインからの気質は、少なくとも人間の中に、種として植え付けられてしまいました。サタン悪魔によって、エデンの園の過ちから、誘惑から始まったのです。神からの気質も本来はあり、人と愛する事、自由な選択する力も持っています。しかし、悪を行う力も同時にサタンから植え付けられました。
両親から引き付いた気質は、私たちの中にもあります。幼い時に、両親の嫌さ性悪を見て、自分はあんなふうには成りたくないと、皆さんは思ったことが大なり小なりありませんか?親か叱られて、嫌だと想っていても、自分の子供には よく叱り・・離婚した親を見て、嫌だと想っても、その子供の中には離婚をたやすく考えてしまう傾向がありようです。< 念のため、全てではないです。>
解決は、エデンの園で契約された、新しい契約の救いを持つことです。創世記3:13
救いの力、サタンノ頭を砕く力は、神の子キリストだけです。
自分では解決できないと想えるどうすることも出来ない気性の問題も、
キリストには家系の呪いも解決の力が在るのです。
神の祝福を受けることは、その個人成らずとも、家系に対する祝福となります。
アダムの第3子。セツ 意味は「授けられる、生ませた者。」 と言うこともが生まれます。神は長男のカインよりは、この子供に祝福をおかれて、神の願いを託されました。
生ませた者から生まれたセツの子供には、エノシュと名付けられました。人という意味です。アダムと同じ意味合いです。このエノシュは自分の弱さを自覚したのでしょう。神を求めての礼拝を始めます。創世記4:26
創世記5章に入ると、これはアダムの歴史で在ると書いてあります。 ここでの歴史とは、へブル語ではトーレドースが用いられます。生ませし者の意味です。 これは歴史という意味とも成ります。ヒストリーHistoryとは違う意味です。キリストHis story 彼のストリーが英語では歴史の意味です。キリストの物語が歴史の語源です。 アダムからの家系がキリストに受け継がれる歴史でもあります。
セツの子供たち、孫達は長生きして、800~1000年の長寿でした。
その子孫の中には、レメクがいました。彼は長生きを苦しみと感じて居たようです。沢山の子どももいました。そうではなく喜びと感じる子供も居ました。その一人がエノクでした。 (カインの子供、子孫のエノクとは違います。)エノクは神と共に歩み、神に喜ばれました。神は彼を生きたまま、天に召されました。神と共に歩む事が長生きしても、喜びと思えることが非常に多いと言えます。
彼の子孫には、ノアが生まれました。慰めの子という意味です。 神からの罪の呪いはありましたので、額に汗する耕すことの労働は在りましたけれど、ノアはそれらの苦労を慰められたと言う意味を持って生まれました。
ノアには、セム。ハム。ヤペテの子供が生まれました。
親としても幸せを子供に受け継がせることには、昔も今も代わりはないですね。
少しでも神に祝福された霊的な財産を受け継がせることが。次の幸せにもつないでいくことになります。
あなたはどのような祝福を、あなたの子供に受け告がせる事が出来るかを、静かに考えたことがありますか? あなたの信仰を1番の遺産として,子孫に受け継がせていきましょう。
神である天の父、創造の主キリストに,助けと祝福を求めましょう。
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